父のケアマネはとても優しく優秀な女性で、その上美人である。
もちろん仕事に容姿は関係ないのだが、穏やかな性格がにじみ出た人好きのする顔立ちなのだ。
世間ではケアマネさんとのトラブルが原因で介護に行き詰まっている人が多くいると聞く。
お陰様で私たちは全くの無縁。
本当に素晴らしい出会いだったと感謝している。
先日………というか先月だったか。
父の短期入所を“とある施設”に断られ、私はかなり自暴自棄になっていた。
次の候補〔施設〕も同じ対応だったらどうしよう、という不安からくるもので、
追いつめられた精神は常にピリピリしていたように思う。
追いつめられた精神は常にピリピリしていたように思う。
冬場、特に面倒な状態になる父の相手を、在宅介護で乗り切るにはさすがに無理があった。
デイサービスなど、室温が完全にコントロールされた場所と、昔の家である我が家とでは快適さが違う。
トイレに行く度、廊下では冷気を感じるし、日によってファンヒーターを付けっぱなしにしていても『寒い』と文句を言う父なのだ。
はっきりと面倒である。金銭的にも灯油代が3万~変わってくる。
寒いと感じれば頭の中の状態も悪化。
話はこれまで以上に通じない。
だからこそ短期入所を願い出たというのに、まさかあっさり断られるとは…………
先行きだって不安にもなる。
自棄になった私は電話口でケアマネさんに【11月のケアプラン】を白紙にしてくれと伝えた。
あちこち移動すればそれだけ自宅との差に混乱するし、寒さを敏感に感じとる父とトラブルになってしまうと想定したからだ。
※今もよく喧嘩している
まあ実際、どーにでもなれという気持ちだった。
その時の私に余裕はなく、なるようにしかならないだろうという、捨て鉢でひねくれた状態だった。
不穏な父と過ごす悪夢のような毎日でも、日常化してしまえばそんなものだと諦めればいい。
心の澱が決壊すればもはや後戻りは出来ないだろうし、それについては主人も納得してくれていた。
“最悪の事態”など、すぐそこに転がっている。
ニュースで取り沙汰されている“地獄”は珍しくもなんともない。
父は未だ『認知症患者』としての自覚は薄いし、『しっかりしている自分』が施設に入る必要性を感じてはいないのだ。
それがまた腹立たしい。
本気で憎たらしい。
私自身、“介護うつ”であると自覚しているし、そこから逃れる為の手段は【父との別生活】だと理解している。
だからこそ足掻いているのだけど、無情にも現実は厳しく、父は相変わらずマイペースだ。
そんな中、私が頼りにするケアマネさんは、介護者である私の状態をよく見てくれていた。
もしかすると『私の性格』をよく知っていてくれた、と言えるのかも知れないが、とにかく気転を利かしてくれたのだ。
いつも通りきちんと11月分のケアプランを作り、施設を押さえ、出来る限り週末の負担を減らすよう考えてくれていた。
もはや変な意地を張る必要もないほどに。
介護(再再)申請の時も立ち会ってくれ、父の詳しい状況を伝えてくれた。
こちらが失念している部分のフォローも完璧で非常に助かった。
その後、彼女と二人きりになり、すっと目の前にケアプランを差し出された時………思わず涙が零れた。
プロのサービスとはこういうことか、と感動したからだ。

苦しみしかない介護生活へ見事な蜘蛛の糸。
垂らされたその糸に縋れるだけ、私にはまだ救いがあるのだろう。
そしてもちろん、父にも救いがある。
大昔───
“ケアマネ選びは何よりも大事よ”と誰かに進言されたことを思い出す。
ほんとその通り。
今までで一番、その言葉に納得させられた自分がいる。
私は昨日、生まれて初めて電気敷き毛布を購入。
父のベッドに設置した。
本人はとても気に入り喜んでいたが、後になって床に丸めて転がっているのを発見。
掛け布団二枚も同様、床で山となっていた。
結局は暑かったのだと思う。
寝間着も下を脱いであった。
設定温度はそこまで高くなかったのに、もしかするとそう簡単に慣れないシロモノなのだろうか。
今夜も念のため試してみるつもりだが、無駄な買い物で終わらないことを願うほかない。
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